とある対数の積分値周遊~誤植のこと~

≪1≫ 暑いときには涼をもとめて、岩波数学公式Ⅰをパラパラと眺めてました。すると、ちょっと妙な注釈に出会いましたので、本日はそれに喰い付いてみようとの実験作業であります。

すでにお気付きの諸兄もおられるかと思いますが、それは公式Ⅰp240の脚注、「注3・・・永らく0と誤っていた。」という箇所であります。

対数関数がらみの定積分数値の箇所で、対象の式と数値は次式のとおり。x=1/eでは主値を取るとのことで、     

    

であります。(元の表記は、分母のところ log|logx|です)

この数値については、OEISでも、「In a certain Japanese mathematics dictionary, the value of Integral_{0..1} 1/(log|log x|) dx was given for many years as 0.」と世界中にコメントされてます。(下線は筆者。ニッポンだけ?と言いたかなりますが)

 

≪2≫ さっそく、現代風にグラフソフト(Geo)でもって、いったい全体、なにのどこを求めようとしているかの目視確認作業へ移りましょう。

    

赤色の曲線積分対象のグラフです。緑の縦線はx=1/e=0.36787…で、0からここまでのプラス部分と、ここから1までのマイナス部分の面積を、我らが日本人はメニ―イヤーのあいだ「同じ」であって、その結果「積分値I=0としていた」とのことです。

グラフをみれば素人目の範囲でも、マイナスのほうが大きいんじゃない?と思え、プラスの部分をひっくり返し青線にして拡大して目測を試みますと、赤線青線のあいだの面積というのは、だいたいですが、ヨコ=1-2/e≒0.26、タテ≒0.6の長方形と見積もりまして、0.26×0.6=0.156と出てくる。(あくまでグラフ描画を信じ、また結果の数値を知ってのハナシですが😅)

    

 

こういうグラフソフトなんぞ無かった時代の人々は、「ふーん、0なのか、そうなんだー」と、特に気に留めなかった、その必要もなかったかと思われます。きのう買った「100年前の東大入試数学」にも通じる、なんとなくのどかな時代の雰囲気を感じた次第です。

 

≪3≫ とはいうものの「公式集」や「数表」の誤植やバクは、各自必要時には注意したいものですね。

昨年、Hyperion64さんも「夢のような定積分」(2021-04-22)で(オイラーの定数に関して)「岩波全書の数学公式Ⅲの13ページにあるのだが、正負が間違っている!」とご指摘されていますし、はじめに登場した数学公式Ⅰの数ページまえp236脚注のゴンペルツの定数の終りの方はアヤシイなど。

 

≪4≫ このテの誤りに関しては、じつは岩波数学公式の中自体でも取り上げられています。(例えば公式Ⅰp295脚注:この表(とある数表文献)にはだいぶ誤りがある。。。)

また、その著者のおひとりでおられる一松先生の「数のエッセイ」にも「公式集の誤りについて」という文章があります。その中の一節を引用させて頂きます。(p173)

・・・私が子供のころ、親類の工学者(建築学)から数学を教わったことがあった。そのおりに「数表には、どんな権威のあるものでもかならず誤りがあるものだ」ときかされて、存外たよりないものだと思ったことがあった。しかし計算機出現以前の時代では、これはやむをえなかったらしい。・・・

 

≪5≫ いまの時代は、なんでもあり。それだけに、紙情報・ネット情報ふくめ、精査力が求められているのでしょうね。当然、発信側のこの記事も含め、ですが。

 

≪参考図書≫

[1]森口・宇田川・一松著、数学公式ⅠⅡⅢ、岩波全書、1956~

[2]一松信、数のエッセイ、中央公論社、1972(ちくま学芸文庫版があるそうな)

 

≪ふろく:青少年向けの課題≫

1.グラフソフトの介護なしで、はじめのグラフを手で描きましょう。

2.ふたつ目のグラフで赤線青線逆関数をもとめ、その差のところを-∞から0まで積分しましょう。ここは、Wolfなど、使っていいとします。